足利義満による室町時代の絶頂期
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足利義満
花の御所と金閣寺


金閣寺
金閣寺探索記


バイトの時間だ!

足利義満による室町時代の絶頂期

幕府・北朝・南朝・守護大名と、思惑が入乱れる中、尊氏の息子の足利義詮が2代目将軍になった。
でも、足利義詮は、戦につぐ戦で人生終わっちゃう。
3代目が足利義詮の息子、足利義満ね。

この『足利義満』、相当のやり手でね。
天皇家がもめてた『北朝』『南朝』を統一したんだ。
やり方は、ダマシみたいなもんだったけど。

南朝に「前みたいに交代で天皇になりましょうよ。 まずは、北朝からね」
「その代わり、国司が管理している土地を『大覚寺統』の荘園にして良いからさ」
「だから、三種の神器を渡してよ」って、ダマシみたいな事して三種の神器を取りあげちゃった。
まあ、それでも、丸く治まったから良いか。

それと、その頃、中国や朝鮮沿岸に『倭寇』って日本人の海賊が暴れまわっていたんだ。
手を焼いた中国の明王朝は、室町幕府に「おい、倭寇を何とかしろよ!」ってクレームさ。
足利義満は、「OK、OK、対処しますよ。 あっ、でもせっかくだから、貿易でもしませんか?」
ってな事で、明王朝と貿易が始まっちゃう。

倭寇と区別するために、『勘合』って割り札もって『勘合貿易』が始まるんだ。
日本側の札と明側の札を合わせると、文字が読めるって札だなんだ。
日本からは、刀や銅・硫黄なんかを輸出、明からは生糸や絹織物・明銭なんかを輸入してたらしい。
これで、室町幕府も財政的に潤う事になるわけ。

足利義満が造営した金閣寺 で、儲けた金で、足利義満は邸宅を建てちゃう。
有名な『金閣寺』がそれね。
金閣寺は、足利義満の邸宅だったんだ。
舎利殿の金閣には、金箔を貼り巡らし豪華絢爛な建物になったんだ。

その後、何回か燃えちゃったけど。
金閣寺を代表とする室町初期の文化を『北山文化』って言うんだ。

足利義満は、室町幕府全盛の中亡くなった。
後を継いだのが、足利義満の息子の足利義持ね。

でも、義持は、親父の義満が好きじゃなかったみたいだ。
だって、義満は、弟の義嗣ばっかり可愛がってたからね。
天皇様が、遊びに来た時も義嗣は天皇様に謁見できたが、義持は京都の警備番。
「なんだよ、義嗣ばっかり可愛がりやがって!!!」って、そりゃぁ不満も積み重なっていくわな。
義持が将軍になって、関東で反乱が起こった時、弟の義嗣が関わってたって事で殺害している。

で、義持は、5代目は息子の義量って決めたんだけど、義量は身体が弱くてねぇ。
将軍を2年程やって亡くなってしまうんだ。
義量は、若くて子供もいなかったから、次の将軍を決めるのが大変。

「誰が適任って事ないから、くじ引きで決めたら?」って、官僚が提案してね。
6代目を決めるのは、くじ引きになったんだ。
これって、別に悪い事じゃないんだよ。
くじ引きって、神様が決めるのと一緒と思われてたから。

さて、さて、誰が将軍になる事やら・・・

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室町幕府の絶頂期、金閣寺をたてた足利義満だ。
足利義満は、南北朝を統一し、日宋貿易も再開する。
さて、時代は進み6代目将軍は、くじ引きだ。   >>> 応仁の乱で京都が灰に

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