GHQによる占領政策
戦争に負けた日本は、アメリカを中心とした『連合国軍総司令部(GHQ)』に占領される事になるのね。
その最高司令官はマッカーサー。
マッカーサーは、日本に戦争させないために、日本を弱体化し民主化を進めたんだ。
まず、軍の解散・軍事産業は全てストップ・治安維持法の廃止など行ったし、財閥も解体だ。
農村でも大規模地主から小作人に土地を安く売り渡す農地改革も進めたんだ。
要するに、一部の権力者が上から命令する縦社会を解体していったんだよ。
次に、戦争責任ね。
戦争に責任のあった軍人や政治家を捕まえ、裁判を行った。
それが『東京裁判』ね。
でも、本来なら天皇主権だから、全ての責任は天皇にあるはずなんだけど、天皇は裁かなかったんだ。
だって、何百年も受け継がれてきた国王の天皇を裁けば、ものすごい反抗と反乱が予想できたからね。
逆に、天皇の存在を使って、日本を統治して行く事を考えたんだ。
1946年11月3日に、『日本国憲法』が公布されたんだ。
実は、新憲法を作るために、当初は日本側で作業してたんだけど。
でも、何回やっても大日本帝国憲法の小手先の修正で、GHQは納得できなかったわけ。
最後には、GHQで修正案を作って、政府に提示したんだ。
つまり、『日本国憲法』は、GHQが作った憲法なんだ。
『日本国憲法』は、11月3日(文化の日)に公布され、1947年5月3日(憲法記念日)に施行される。
この日本国憲法には、基本原則が3つあるんだよ。
『国民主権』 主権は天皇でなく、国民にあると言うもの。
『基本的人権の尊重』 国民の人権を尊重するって事。 これで、人権無視の国策はできなくなった。
『平和主義』 軍隊を持たずに、戦争を起こさない。 って事。
1945年には、『労働組合法』が制定され、労働組合を作る事が認められたんだ。
1947年には、『労働基準法』が制定され、過酷な労働が行われないように、労働条件や基準が決まった。
同じ、1947年には、『教育基本法』も制定されたんだ。
軍国主義の教育から、民主主義の教育に転換したんわけね。
戦争中に使っていた 『教育勅語』を廃止して、男女共学が始められたんだ。
このように、戦中と戦後でものの考え方や社会の仕組みが、180度変わってしまったんだ。
一方、今回の第二次世界大戦と国際連盟の反省から、国際平和の維持機関として、『国際連合』ができたんだ。
アメリカのニュヨークに本部が置かれ、平和に関する議論の場として『安全保障理事会』があるのね。
それに、アメリカ・イギリス・フランス・ソ連・中国の5ヶ国が常任理事国。
常任理事国には拒否権が与えられて、拒否権を使う国があれば、議決できない事になっているんだ。
また、国際平和の軍隊として、国連は『平和維持軍』を派遣する事ができるようになったんだよ。
これで、文書や口頭の勧告だけでなく、実力行使ができるようになったわけね。
ところで、ドイツやイタリアが敗戦国となり、ファシズムの国家は無くなったでしょ。
そうすると、資本主義と共産主義とが、対立するようになってきたんだ。
そりゃ、主義主張が全く違うからね。
アメリカは、西ヨーロッパなどの西側陣営と協力して、『北大西洋条約機構(NATO)』を組織。
これに対抗して、ソ連や東ヨーロッパの諸国は、『ワルシャワ条約機構(WTO)』を組織したんだ。
西側陣営と東側陣営とで、だんだん対立を深めて行く事になるんだけど。
『冷戦』と言われてるものね。
まあ、アメリカとソ連が、直接戦争すれば収集つかないし、地球は滅んじゃうかもしれないでしょ。
だから、直接対決する事は無かったけど、他の地域で西側陣営と東側陣営との代理戦争は行われたんだ。
ドイツがそうね。
ドイツは終戦後、西ドイツと東ドイツに分断され、首都ベルリンも東西に分断された。
東西ベルリンには、壁が築かれて行き来する事もできなくなったんだ。
この壁のおかげで、親戚・兄弟が分かれ分かれになったケースもあるんだよ。
朝鮮もそうだ。
北緯38度線を境に、ソ連が支援する『朝鮮民主主義人民共和国』(北朝鮮)。
アメリカが支援する『大韓民国』(韓国)が建国されたんだ。
後々のベトナム戦争もそうさ。
ベトナムの統一を目指して、南ベトナム解放民族戦線が南ベトナム政府軍に攻撃を開始したのがきっかけ。
でも、実質はアメリカと北ベトナムの戦いだったんだ。
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GHQの占領は、日本の弱体化と民主化を目指した。新たに日本国憲法が公布され、民主化が進んでいく。
一方、2度の大戦と国際連盟の反省から、国際連合がつくられ、平和維持軍ができる。
しかし、社会主義のソ連と資本主義のアメリカ。 2国の対立は冷戦を生む事になる。
2国の対立は、各地の代理戦争になり、朝鮮での戦争を引き起こす。 >>> 復興を速めた朝鮮特需
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