世の中を覆すペリー来航
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世の中を覆すペリー来航

改革が進まない中、1853年に日本がひっくり返るような大事件が起るんだ。
なんと、突如、アメリカのペリーが、浦賀に蒸気船の軍艦4隻でやって来た。
「なんじゃありゃ!」って、そりゃぁ、大騒ぎさ。
蒸気船なんか誰も見た事もなかったからね。

アメリカは捕鯨をやってたんだけど、遠くまでクジラをとりに行くのに中継所が欲しかったんだ。
今までも、ロシアとかイギリスなんかも「開国してよ」って来てたんだけどね。
でも幕府は、「絶対に開国せん! お前ら帰れ!」って、『異国船打払令』を出して鎖国を守ってたのね。

これに対し、蘭学者の高野長英渡辺崋山らは、「開国しても良いんじゃない」って幕府批判の本を出版。
すると、「なに批判してんだ!」って、幕府は怒っちゃって二人を処罰しちゃうんだ。
これが、『蛮社の獄』って言うやつね。

今回来たペリーは、ロシアやイギリスとは一味違う。
いきなり浦賀に乗り込んできたんだから・・・
手続きも何もありゃしない。
「おい、おい、こちとらアメリカ大統領の手紙を持ってきてるんだ! 早く将軍に取り次げ!」って強気よ。
ペリーも立場があるので、「あっ、開国ダメですか」って諦めて帰れないわけ。

太平の 眠りを覚ます 上喜撰 たったしはいで 夜も眠れず
(宇治茶のブランド上喜撰を4杯も飲むと、カフェイン効果で夜も寝れないって事に掛けて歌われた川柳)
もう、日本の慌てぶりを表した川柳だ。


こんな混乱の中、十二代目の家慶が亡くなっちゃう。
十三代目は、四男の徳川家定
でも、家定は身体が弱くて、ほとんど政治ができないから老中の阿部正弘が頑張るしかないのね。
老中の阿部正弘らは、「そんな急に言われても・・・ちょっと1年ぐらい時間下さいよ」
って、アメリカ大統領の親書を受け取って、ペリーにお引き取り願ったんだ。

そんなこんなで、取りあえずペリーは帰って行ったけど、その後が大変だ。
対応に困った幕府は、朝廷や大名に「どうしたら良い?」って、相談する事にしたのね。
でも、これはマズカッタなぁ〜

今まで、なんでも幕府で勝手に決めて、「こう、決めたからヤレ!」って押しつけてたでしょ。
各大名は、「ちっ! こんな事決めやがって!」って思っても従うしかなかったのね。
それが、今度は「どうしましょう?」って相談だ。

「えっ! 相談してくんの?!」「へっ、幕府も意外とだらしないな」「なんだ、俺らと同等じゃん」
なんて、朝廷も大名も思っちゃうじゃない。
これで、幕府の権威も威厳も吹っ飛んじゃったねぇ〜
この時の天皇が、孝明天皇様。
これから、天皇様の地位が見直されて、発言力が増してくるんだ。

さて、それからが大変だ。
意見がまとまる訳ないでしょ。
だって、朝廷も大名も蒸気船なんか見てないんだから・・・。
蒸気船の怖さなんか誰も分かっちゃいない。
みんな、「幕府も何をオタオタしてんだ! だらしない! 偉人なんか追い払え!」って強気なのね。

孝明天皇様も大の外人嫌いだったしね。
「汚らわしい異人を日本に入れてはいかん! 開国なんて、とんでもない!」って主張されたんだ。
そんな相談なんかせずに、「開国したから、宜しく」って、言っときゃよかったのにね。
相談なんかするから立場が段々弱くなっていく。

1年なんか早いものでね。
「1年待ったぞ! さあ、開国しろ!」って、また、蒸気船に乗ってペリーがやってきた。
今度は、7隻の軍艦でご登場だ。
「もう、絶対に開国させてやる! 開国しないと大砲をブチコムぞ!」ってつもりだったらしい。

幕府としたら、「こりゃ、天皇様や大名は反対してるけど、開国せんとマズイんじゃない」って思うわけ。
それで、しかたなく、『日米和親条約』を提携しちゃうんだ。
で、「下田と函館の2港に限り使って良いです。 休憩も補給も認めます」って事になっちゃた。
これで、215年も続いた鎖国政策は終わった。  1639年の事。

「アメリカだけってズルイじゃん。 俺らにも認めろよ」って、そりゃぁ各国も言ってくるよね。
で、「え〜い、こうなりゃ同じ事だ」って、イギリス・ロシア・オランダとも条約を結んじゃうんだ。


調子づいたアメリカ、今度は、総領事のハリスが1858年にやってきてね。
「おい、おい、ようやく開国したんだろ。 今度は貿易しようぜ」って言ってきたんだ。
こりゃぁ、いじめっ子が、弱い子に強要するようなもんだな。

朝廷や大名は、大反対なんだけど・・
この時に大老だった井伊直弼は、「よっしゃ、やってやろうじゃないか!」って条約を結んじゃうわけ。
日米修好通商条約』を提携しちゃったんだ。

これで、函館・新潟・神奈川・兵庫・長崎は開港ね。
逆に下田は閉鎖するけど。
でもさ、この条約、日本にとってはちょっとマズかったなぁ〜
治外法権』に、『領事裁判権』に、『関税自主権を持たない』って事が含まれてたんだ。

治外法権』や、『領事裁判権』って、アメリカ人が日本で犯罪を犯しても日本の法律では裁けない。
アメリカの法律で裁く事になるけど・・・
結局、仲間同士でしょ。  判決もアマアマになるじゃん。

致命傷は『関税自主権を持たない』って事だったね。
『輸入品に日本は関税をかけられない』って事なんだけど・・・
関税がかけられないと、アメリカ製の安い商品が市場に出回っちゃうんだ。
すると、日本の関連業者は太刀打ちできなから、ボロボロになっちゃうでしょ。
当然、倒産や廃業が増えちゃう。

輸入品に税金がかけられないから、国内の業者を守る事ができなくなっちゃうんだ。
そして、日本の競争相手がいなくなったら、高い値段で売りつけるのね。
(まあ、常套手段だ。)

それに、アメリカだけって訳にもいかないでしょ。
やっぱり、「アメリカだけってズルイじゃん。 俺らとも条約を結ぼうぜ」って各国から言ってきたんだ。
幕府ももうヤケクソだよ。
イギリス・ロシア・オランダ・フランスとも条約を結んでしまったんだ。

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ぺりーの来航は、権力を欲しいままにしてきた幕府の根本を揺るがす事になる。
強引な開国要求に、ついに幕府は鎖国を解いてしまった。
さらに、不平等な条約も結び、幕府の権威は急激に下がってしまう。
尊王・攘夷・倒幕と徳川幕府の存続も時間の問題だ。   >>> 尊王攘夷論と倒幕

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